

我々は貸し出しをもっと削れば、今の自己資本でなんとかやっていける」という選択肢だってあるのです。
今の銀行の中で、でしょうか。
おそらくゼロでしょう。
唯一、Tm銀行とSw銀行あたりが、政治家のものすごい圧力を受けて、優先株を発行できるようにしましょうかという反応を示していますが、実際のところは、それほど乗り気ではないようです。
私もTmの人と話したら、「なぜ我々が、あんなことをやらなくてはいけないのか。
一○○年の歴史があって一回も政府の世話になったことがないのに、こんな変な話で挙げさせられるのはまったく理解できない」と言っていましたが、その通りです。
なぜこんな審議を受けて、裸にされて、過去を問われて、牢屋にまでぶち込まれるリスクを背負いながら、やらなくてはいけないのかと、普通の人間なら思います。
ここで銀行が名乗り出なかったら、すべては空振りに終わります。
しかも銀行が政府の支援策に乗ってこないということは、貸し渋りはさらにひどくなるということですから、日本経済はもっとひどい状態になります。
したがって、今やらなくてはいけないことは、銀行に頭を下げさせることではなく、政府が銀行に対して頭を下げることです。
「皆さん、やりたくないのはよく分かっています。
国のためだ」と言うのです。
国のためというのは最近あまり流行らないらしいのですが、「頼むから優先株を発行してくれ。
我々が買うから。
その見返りとして貸し渋りはやめてください」と、政府がお願いしなくてはいけない筋のものなのです。
今の議論はどうなっているかというと、まったく逆で、銀行が頭を下げることになっている。
マスコミの議論というのは、あたかもこのプランができれば銀行は列をそういう意味では、今議論されていることは非常に危険なことです。
これがこのまま運用されたら、ほんの何行の銀行が政府の圧力で名乗り出ると思いますが、その何行かのいい銀行が優先株を買ってもらっても、問題は何一つとして解決しません。
本当は悪い銀行のほうをなんとかしなくてはならないのです。
結局、今の議論というのは、二つの矛盾している目標を両方とも達成しようとしているような気がします。
「お前、一○年前何やっていたのだ」「一九八○年代、こんな融資をしたな。
私財を出せ」とか、そういう人民裁判をやる前提になっているのです。
そんな場所にノコノコ出ていく銀行があるとは到底思えないし、あるとしたら、国際金融界から非常に不自然な行動ととられるでしょう。
そうなると別の意味で日本のあり方が問われます。
いい銀行にお金を入れてもっと強くなってもらえば、国際競争に残ることができます。
悪い銀行は早く退場してもらいましょうというわけで、いい銀行と悪い銀行をまず峻別したいのです。
銀行が七人の委員会の前に行って審査にパスしてのみ政府の支援が出るというのは、銀行の峻別と貸し渋り対策の両方を一緒にやろうとしているからです。
この二つの目標は両立しません。
銀行が名乗り出なくなるからです。
実際問題として、銀行を峻別しようということになれば、まずどういう基準でそれを決めるのか、どういう法律で処理するのかということになります。
こういうものを整備するだけで何カ月も、場合によっては何年もかかってしまいます。
悪いと判断された大手銀行数行を同時に潰すとなったら、この実務処理だけでも大変な作業で、これらの銀行からお金を借りていた企業や個人をどうするのか。
Ht銀行一行が潰れただけでも、北海道経済は、そこからお金を借りていた企業を中心に大打撃を受けています。
大手銀行を数行、短期間に同時に潰すとなったら、そのこと自体が大きくなります。
もう一つのゴールが何かというと、いい銀行と悪い銀行に分ける銀行の〃うのです。
峻別です。
銀行を峻別できればそれにこしたことはないのですけれども、やっていたらもっと重大な貸し渋りの問題は解決できなくなってしまいます。
しかも、銀行が名乗り出ず、政府案が空振りに終わったら、金融不安も解消しません。
解消しなければ、もっともっと事態は悪くなっていくということになります。
このことを踏まえて、本当は何をしなくてはいけないか。
この二つのゴールの混乱を引き起こしかねません。
そんな議論をやっているうちに、悪いほうに峻別される可能性のある銀行は、自己防衛に走ります。
自分が悪い判断をもらいそうだと思ったら、最初から名乗り出ないのです。
名乗り出ずに、むしろ貸し渋りを徹底的にやります。
貸し出しを減らして、自己防衛に走ろうとするのです。
そうすると、景気はもっとひどくなります。
今の日本経済からしてみて、一番困るのは、銀行が自己防衛に走ることなのです。
今それに対して、日本経済が耐えられるほどの体力があるとは思えません。
私は一律で、とにかく「銀行の皆さん、みんないらっしゃい。
全部にお金を出します」というスタンスしかないと思うのです。
やれば、いい銀行も悪い銀行も峻別される型 どちらをとるかということを決めなくてはいけないのです。
銀行の峻別をしたいのか、それとも全国的な貸し渋りを止めたいのか。
両方一つの手段でやろうとするから両方ともできなくなるわけで、どちらかに決めなくてはいけないのです。
景気はどんどん悪くなってもいいから、日本経済が崩壊してもいいからとにかく銀行を峻別したいというのなら、それも一つの選択でしょう。
三○人の銀行の頭取を並べていじめる人民裁判をやりたいというのが日本中の感情だったら、とにかく三○人の頭取を呼んできて恥ずかしい目にあわせればいいのです。
でも、現実の選択はそうではないでしょう。
銀行の貸し渋りによっていい企業が今どんどん窮地に追い込まれているのですから、この貸し渋りをなんとかしなくてはいけないのです。
これが日本の最大の問題だということであれば、銀行の峻別というのは一回あと回しにして、とにかく貸し渋りに手をつけなくてはなりません。
ということは、銀行が自己防衛に走るようなことは一切しない、と言い切っておかなくてはいけないということであそれではモラル・ハザードはどうするのだ、銀行経営者に甘えを許してしまうのかという懸念が残ります。
前にも触れたとおり、銀行のモラル・ハザードの問題に対応するのは政治家ではなく、銀行検査官の仕事です。
銀行検査官はそのために存在し、銀行という業種にだけ政府の検査が入る。
彼らが銀行のモラル・ハザードを毎日、厳しくチェックしていかなければならないのです。
ところが日本の場合、銀行の検査や監査の制度が、悲しいくらい脆弱です。
米国ではプわけではないのですから、「じゃあ、うちもお願いしましょう」と言って名乗り出てきます。
銀行の自己資本が増強されれば、貸し渋りは止まります。
ひとたび全部の銀行にそういう政府の支援が入ると分かれば、国民は安心し、いわゆる金融不安もそこで止まるのです。
このような銀行側の懸念に政府や政治家も気づき始めたようで、ここにきて銀行が名乗り出やすいように工夫すべきだという声が出てきているのは、心強いことです。
したがって、今回はとにかく一律で公的資金を導入し、貸し渋りの解消を優先しますが、それと並行して、政治家は二度とこんなことが起きないように、日本の銀行検査システム、監査システムを強化することを国民に約束すべきでしょう。